セダンの祖父‐当時の車には男のロックがあった

セダンの祖父‐当時の車には男のロックがあった

子供の頃、近くに住んでいた祖父とドライブに出かけるのが毎週末の楽しみでした。

 

 

 

父も車をもっていましたが、両親ともに仕事に忙しい人でどこにも連れて行ってもらったことはなかったので、幼い頃の私が主に乗っていたのは「おじいちゃんの車」ということになります。たしかトヨタの、ゴツゴツした感じの濃紺色のセダンでした。

 

 

 

 

私は「おじいちゃんの車」が大好きでした。大きくて強そうで、見た目はちょっと怖そうなんだけれど乗り心地はとっても優しい。それは祖父自身の雰囲気とピッタリでした。

 

 

 

祖父とのドライブは日曜の昼と決まっていました。友達が親に連れられて動物園や遊園地で遊んでいる頃、私は窓にはりついて祖父を待っていました。古い車だったせいかエンジン音が大きく、祖父の車が近づいてくるとブオンブオンと低い音が聞こえるので

 

 

 

「あ、おじいちゃんが来た!」

 

 

と分かるのです。唸るようなその声は、口下手な祖父の声とちょっと重なるところがありました。

 

 

 

ドライブに祖母がついてくることは極まれで、だいたいは祖父と私、それから2匹の犬たちが一緒でした。犬は口をききませんし祖父も犬と同じくらい無口な人でしたから、私は一人でしゃべっていたそうです(と、後に祖母から聞きました)。

 

 

 

きっと興奮していたのでしょう。とにかく車で遠くにドライブできることが嬉しかったのをよく覚えています。窓をあけて犬といっしょに風にあたっていると、いきなり車が停まって、普段は物静かな祖父が大きな声をだして叱ったのも覚えています。

 

 

 

 

ドライブのコースはいつも同じでした。六甲山へいって、景色を眺め、たまには牧場で牛なんかを見て、でもすぐに帰ります。夏は自動販売機でジュースを買ってもらえるのが嬉しかったものです。

 

 

 

しかし祖父は、私が大学に上がる頃、病気で運転ができなくなりました。しばらく車は置いてありましたが、祖父がもう退院できないと分かると処分されてしまいました。私はとてもつらかったのですが、

 

 

「入院中のおじいちゃんの代わりに最後まで見届けなくては

 

 

 

と思い、ゴツゴツした濃紺のセダンが業者さんに運ばれていくのを見送りました。心の中でお別れと、「ありがとう」を呟きながら。